山陽塩業株式会社
TOP 会社案内 主な取扱い商品 採用情報 お問い合せ
TOP会社案内【沿革】
会社案内  

沿革

 兵庫県南西部に位置する姫路を中心とした播州は、年間降雨量も少なく冬場も比較的温暖な気候を利用し、古来より数々の製塩業者が高い技術力を以て良質な塩を製造しておりました。電気も無い時代に作られた当時の塩は土混じりで茶色いものが一般的でしたが、赤穂塩を始めとする播州の製塩業者は「白い塩」を作る技術を培っておりました。当時の塩は相場品で、特に播州産の塩は特級品として扱われておりました。その白さ故に、現在の愛知県岡崎市の南に位置する吉良吉田町で塩を製造していた吉良上野介が、赤穂藩の持つ技術力欲しさに浅野内匠頭に詰め寄り、刃傷沙汰になったともいう説もある程です。
明治37年に開戦された日露戦争の財源確保に伴い、当時の大蔵省が塩に税をかける案を出しましたが、反対意見などもあった為、最終的に大蔵省管轄下で「たばこ」と共に「塩」の専売制が始まりました。この新制度により大蔵省は戦費調達に成功、今まで相場制であった塩は全国統一価格となりました。同時に、大蔵省はインフラ流通を整備し、塩事業者に対し「製塩業」と「元売業」の2種類の免許を交付しました。「製塩」の認定の下に製造した塩を大蔵省が一旦買い受けて、「元売」の認定を受けた業者に販売する事により、日本国全体への安定供給が可能となりました。この時分に「元売」の免許を授かった播州の10社以上の塩事業者が、昭和初期に至るまで幾度の淘汰廃合を繰り返し、

昭和13年 播州の5つの元売が合併し、播磨塩元売捌合資会社を設立
昭和18年 戦時統制による兵庫県一本化のため、神戸、尼崎、但馬の各元売会社と合併し、兵庫県塩元売捌株式会社を設立
昭和22年 戦争終了に伴い兵庫県塩元売捌株式会社の解散、同時に山陽塩業株式会社を発足し、本社を姫路市東駅前町に置く
昭和47年 但馬塩業を合併
平成元年 姫路駅南地区再開発による市役所移転に伴い、姫路市安田に本社を移転し現在に至る

となりました。塩専売事業の指定元売として、播州を中心に兵庫県内3分の2を占める広範囲に於いて塩の安定供給に努め、家庭用は元より食品加工用から凍結防止用など様々な分野で、地域並びに地場産業の発展と共に歩んで参りました。

ページトップへ
 
 
サイトマップ サイトマップ